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タガログ語、フィリピン語、フィリピノ語、ピリピノ語など色々な呼び方があるようなのですが、これらは同じなのでしょうか。

これらは実質的には殆ど同じといえますが、厳密に言えば違います。フィリピンの公用語であるフィリピノ語の基盤となったのがタガログ語です。

1930年代にコモンウエルス(独立準備政府)の憲法が定められた時にはタガログ語はマニラおよびマニラ周辺で話されておりました。フィリピン諸島では100以上もオーストロネシア語族の言葉が存在し、タガログ語はそのうち使用人口の多い8言語のひとつでした。当時の憲法では「いずれは(理想的には)全国で話されるフィリピン諸語の要素を取り入れ、全国民に受け入れられる公用語を制定する」ことを目標として掲げており、政治経済の中心地であるマニラで話されるタガログ語が有力候補となりました。しかし、ビサヤ地方でセブ島を中心に話されていたセブアノ語(ビサヤ語と呼ばれることが多い)話者からの反対もあり、実質的にはタガログ語と変わりはないのですが、ピリピノ語という一種の人工語を作り、これを公用語としました。

ピリピノ語の語彙を豊富にするために、外来語をタガログ語を使った新造語に置き換えようとする試みがされましたが、上手くいきませんでした。例えばスペイン語からの借用語である"silya"(椅子)を、無理やりに作った単語"salumpuwit"(直訳は「お尻を支えるもの」)に置き換えようとしました。しかし、英語やスペイン語は既にフィリピンの日常会話や知的会話の一部として定着しておりましたので、その試みは失敗に終わりました。

この現実は1980年代後半のアキノ大統領時代に制定された憲法に反映されました。フィリピンの公用語として「ピリピノ語」(Pilipino)から「フィリピノ語」(Filipino)へ変わったのですが、スペイン・アメリカ占領前の土着の言葉にはなかったf, j, c, v, x, zなどをフィリピンのアルファベットに正式に取り入れたのです。これには、外来語、借用語、そして外国語そのものを公用語のフィリピノ語に取り入れ、受け入れるという姿勢が反映されたと言えます。現在フィリピンの学校ではフィリピンの公用語は「フィリピノ語」と教えられており、国語の授業として「フィリピノ語」の授業があります。

フィリピノ語は「タガログ語とプラスアルファ」と言うことができます。フィリピノ語は外来語、借用語、外国語の単語そのものを含みます。例えば、フィリピノ語では辞書のことを、スペイン語"diccionario"からの借用語である"diksyunaryo"ということができます。しかし、ピリピノ語時代のフィリピン人は生粋のタガログ語である"talatinigan"のみが正しいと主張するかもしれません。


しかし実際にはフィリピン人自身もピリピノ、フィリピノ、タガログの意味の違いにはあまりこだわっていないようです。(国語の先生は別かもしれませんが・・。)日本でも、書店に並ぶ語学の本はフィリピノ語、ピリピーノ語、タガログ語、フィリピン語と色々な名称で見かけます。外国語大学では「フィリピン語学科」となっているようです。

公用語のフィリピノ語には多くの外来語や借用語が見られますが、フィリピン人はFをPと発音する傾向にあります。

例えば、

"Ako ay Pilipino" (私はフィリピン人である)

なぜでしょうか。フィリピン人にとってFよりもPのほうが発音しやすいからです。実際には、フィリピノ語にc, f, j, v, x, z が加わったといっても、ほとんどの外来語はフィリピン人が発音しやすい音に変換されて定着しています。

例えば、

computer → kompyuter
qualification  → kwalipikasyon
individual → indibidwal

などです。

日本では一般的に「タガログ語」と呼ばれることが多いので、このウェブサイトでは「現代タガログ語」という意味でタガログ語と称することにします。